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フラメンコとホ・オポノポノ

フラメンコに「ソレア」という曲趣がある。

「寂しさ」や「哀しさ」、「孤独」というような質を持つ曲趣。
フラメンコの中でも「フラメンコの母」と言われるように重要な曲種の一つであり、
実際多くのフラメンコを愛する人たちの中で特に大切にされていたりする。
ここしばらく改めて私もソレアに取り組んでいて、踊れば踊るほどにその
懐の深さにはまっていく。

4年程前に現在ヘレスに住む踊り手の飯塚真紀さんから初めてソレアを習った。
そのクラスの中で、彼女が語ったことが今でもリフレインする。

「このソレアの哀しみや寂しさというのは、例えば誰か一人の寂しさということでは
ないの。私たちというか、世界中、あるいは人類全ての底にあるもっとおっきくて
共通のものなんだよね。

その深い深い哀しさの中にずーっと落ちていって、いつしか底に着いた時、その底を
一気に蹴り上げて上に上に上がって、そして明日も生きていく!みたいな力強さを
私はソレアに感じるんだ。」

この言葉を聞いた時に、私がフラメンコに魅了されてやまない理由がここにあるんだ
と思った。これぞ、究極の癒しだよなあと。

ついつい「悪者」扱いをされがちな孤独・哀しさ・怒り・嫉妬といった「ネガティブ」な
感情。フラメンコでは、この「悪者」さんたちを歌い上げ、あるいは踊りながらそのま
ま表現する。自分の中にあるその感情をそのまま。「底」に来た時、その感情は
転換されて命の糧となる。自分を縛り付けていた感情からの解放と内から沸いて
くるエネルギーに包まれる。

歌詞の意味も分からず、でも、鳥肌が立ち涙がこぼれるのは、恐らくこのプロセス
に出会うからなのだろう。

今、ホ・オポノポノに出会ってもう一度この言葉を反芻してみると更に納得。
というか、とてつもない真実に出会ったような興奮さえ覚える。

フラメンコを歌う、踊るということはホ・オポノポノすることでもあるのでは
なかろうか。多分フラメンコに限らず、芸能の根本はここにあるのかもしれない。
悔恨と祈りとエネルギーの再生と、そんなこととはつゆ知らず踊っていたけれど
4年前に届いていたメッセージの意味が今、腑に落ちた。
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テーマ : スピリチュアルライフな生き方 - ジャンル : ライフ

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