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そして、動き出してきた。

桜が咲き始めました。

花冷えに震える朝晩だけれど、ある人に言わせれば
神様も一生懸命、原発を冷やそうとしているんだよと。
それはどうかわからないけれど、自然界の春はゆっくりと始まってる。

一方、震災後がらんとしていた丸の内に年度末の31日と4月1日を
境に一気に人が増え、朝の出勤時間はいつものスピード感が戻ってきた。
世の中の活気が戻るのは良い事なのかもしれないけれど、少々がっかり。
人と人との間にあるスペースがまたちょっと窮屈になった感じかな。

でも、ぱりぱりのスーツ着た新卒さん達は張り切っているのでしょうね。

会社もいろいろびっくりな事も在りつつ、徐々に戻りつつある。
すっかりキャンセルばかりとなったフラメンコのライブの案内もここ
のところ立て続けに。以前と違うのは全てがチャリティーライブという
こと。私もお誘いを受け、5月と6月に踊る事になった。

だんだん、自粛モードから、自分たちの出来る事を精一杯やって
何かを動かして行こうという気概をもってみんなが動き出した。

すごいなーと思う。生きようとする力って。
もちろん、恐怖に取り憑かれて、その生きようとする力を信じることが
できず一歩が踏み出せない人も居るでしょう。それはそれで仕方がないこと。
無理する事は無い。本当に大きな事が起きているのだから。
でも、自分の中から何かがわき上がってくる人たちはどんどん起こせば
いいんだと思う。

先日、原爆ドームを訪ねた時、そのドームの中や周りに咲く花々や風に
なびく活き活きとした植物達が溢れていた。その存在が、悲惨な残骸よりも
強烈に印象に残った。いや、恐らくそのコントラストに。
かつて、信じがたい破壊の挙げ句に、75年は草木も生えぬと言われた
場所に堂々と在るその自然の姿に、その生きようとする姿に。

私達人間も自然界の一部。健全性へと向かうシステムは備わっている。
普段は静かに謙虚に働くそのシステムが、今ものすごい勢いで働き始めて
いるみたい。私自身の中でも、多くの人々の中でも。

今、正に選択の時なのだと思う。

愛を信頼を選ぶのか、恐怖を選ぶのか。
生きようとするのか、もしくは選択を放棄するのか。
何を選ぶか、あるいは選ばないのかはだれもジャッジしない。
結果は全て自分の人生に顕われてくるのだから。
それを、引き受ける覚悟で選んで、あるいは選ばず生きていけば
いいのだから。

今日、久々にアルフレッド D. ソウザの詩と再会した。
今改めて、心にしみる言葉。自分の為に、ここにシェアしておこう。


*******************************************

私は長いこと、本物の人生はこれから
始まると思って過ごしてきた。

だが、いつもなにかに邪魔されてきた

先に片付けなければならないこと、
やりかけの仕事、借金の返済。
それが終わったら人生が始まるだろう、と。

やがてついに私は悟った。

こういった邪魔ものこそ、私の人生だったのだ。

          *****

この気付きは私に、この道の先に幸福が存在するのでなく、
幸福が道そのものであることを教えてくれた。

だから今という瞬間が全てであり、時というものは誰のことも
待っていないということだ。

幸福は旅そのものであり、目的地ではない。

踊りなさい、誰も見ていないかのように

愛しなさい、一度も傷ついたことなどないかのように

歌いなさい、誰も聴いていないかのように

働きなさい、お金が必要じゃないかのように。

生きなさい、天国はこの地球に存在するかのように

そして、今日が最後の日のように。

                By Alfred D Souza
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