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夏の終わりに

気がつけば9月。

通勤電車の中に日焼けた小学生の姿が見られなくなった。
夏は様々なところで歓声が響く。プールで水しぶきを上げてはしゃぐ
子供達の声、夏空の花火を見上げて思わずあげる声、テレビからは
甲子園の応援の声に、今年はオリンピックの歓声がずっと響いていた
気がする。

お盆が過ぎ、町のお祭りが終わると、ひとしきり。

夏が一気にまとめに入る。子供の頃に夏を過ごした北軽井沢ではこの頃
からよく赤とんぼが飛んできて、ちょっと寂しい気持ちになったもの。

今年は急に涼しくなって、あんなにうんざりしていた暑さが懐かしく
感じたけれど、ここで最後のひと踏ん張りのように残暑がぶり返している。

この夏は・・・というよりフラメンコを始めて以来、秋にイベントが企画される
ことが多く、ほぼ毎年のように夏は大汗かいて練習に精を出す時期。
今年もまた、大変ありがたいことに、8月と9月にいくつかのライブで踊ること
になっていて、今その半分を終えたところ。

本番を迎えるたびに一喜一憂の繰り返しだけれど毎回本当にいい時間を
過ごさせていただいてると思う。あと、半分も『今、ココ』の幸せを感じながら
踊れますように・・・

とはいえ、良き本番を迎えるためには祈るばかりでもダメで、やはり地道に
練習を重ねる事だと思う。本番はあくまでも、その練習の通過地点。
大切なのはそこに横たわる道なのだなと、最近つくづく思う。本番の出来に
ついては限りなく目指す先があるからその結果にとらわれるていてはつまらない。
そこまでの道程を十分味わえてれば、本番は自ずと『その時の自分』として、
受け入れられるのだ。

一人鏡に向き合う時間は時に残酷だけれどやはり、とっても大事な時間。
まったくごまかしの効かない私をそこに確認し、受け入れていく作業。
そして、生まれてくるものを大事にすくい取る時間。

今のこの一歩一歩が遥か向こうに見えるあの場所へ行き着く、最も近くて
早い道なのだと、これはヒマラヤの山々を歩いた時に学んだ事。朝、歩き出す
時に遥か向こうに見える場所へ夕方に到着するたびに、一歩一歩の確かな感覚
と共にその道程がいとおしく、そして清々しく感じた。

さて、この一ヶ月どこまで歩いてゆけるかな。鏡と向き合って一歩一歩。
この旅も楽しみだ。
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テーマ : 幸せになる考え方 - ジャンル : 心と身体

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