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映画 「祝の島」

山口県にある離島「祝島」をテーマにした映画、「祝の島」を観た。
実は、この映画の友人の監督デビュー作品。6月から公開していた
のだけれど、やっと昨日観ることができた。

28年間原発建設反対運動をしている島の人々のドキュメンタリーで
答えのなかなか出ない重いテーマ。電力の恩恵を浴びるように都会で
暮らす身としては、どこか後ろめたい気持ちになるテーマだ。そして
どうしても批判的な目線と攻撃的なメッセージになりがちなのだけれど
この映画は原発問題の奥にある根源的なテーマを、愛くるしい島の
人たちの暮らしを通して投げかけてくる。

海と山の幸に恵まれた人口500人あまりの島。島の小学校には
3人の姉弟のみ。漁業も農業も中心になる担い手は60代から70代。
50代となれば「若手」という高齢化の島。

でも、なんだかめっぽう明るい。

映画の中では笑い声が耐えず、3人の子供達もたくさんのおじい
ちゃん、おばあちゃんに囲まれて誠に健康優良児。彼らの歌声は
伸びやかで美しい。

原発問題が持ち上がる前は島が一つの大きな家族のような共同体だった
のだろう。悲しいかな、やはり原発問題はそんな共同体を二分し、
それは画面には出てこないけれど、恐らくいまでも名残があると思う。

28年間命がけで原発の建設を阻止し続ける人たちの根っこには
代々引き継いできた島の自然を壊されることへの怒りだけでなく、
島の共同体の絆を引き裂いたことへの言いようのない切なさもある。
腹から湧いてくる純粋な怒りゆえに、未だに阻止を続けられているのだ。

島の人たちの言葉一つ一つは全く飾り気もないけれど、ストレートに
人としての在り方を問いかける。それは攻撃とか批判じゃなくて
問いかけなのだ。それだけに、こちらの腹にも届く。
偽りのない感情はそのまま受け取ることができる。

ふと、思う。
この老人たち、多分あと10年したら多くの方がこの島から居なく
なってしまうだろう。そうしたら、原発は建つのかな。28年間、
しかも成長期になくても済んできたものが。(←ちょっと批判的)

そして、この映画の根っこに横たわる、人としての在り方についても
観終わってからじわじわと想いが湧いてきた。等身大に生きるというのは
どういうことかと。そこを超えようとする時に私達は自然や共同体、
そして隣の人々との絆を失っていく。これは、原発と向き合う祝島の
人々と私達は同じところに立っているということだ。同じようなことは
自分達の日々の生活の中にごろごろと横たわっている。

なんだろう、この根っこに触れたとき、改めて祝島の人々の笑顔の
美しさがどんな背景の上に在るのかを感じた。
なんだか、涙が止まらなかった。

監督始め、撮影も製作デスクも30代女子たち。
3人で2年間島に通いながら島の人たちと一緒に製作したこの映画。
島の人たちと彼女たちの信頼関係がこの映画の丸みを生み出したの
だろう。

もっと早く観て、皆さんにお知らせしたかった・・・
でも、まだ東中野で上映しています。どうぞ、スクリーンで祝の島の
人たちに出会ってきて下さい。監督に代わりお知らせします。

↓ 「祝の島」公式サイト
http://www.hourinoshima.com/
↓ 予告編
http://www.youtube.com/watch?v=fn2qN9kp204
↓ 監督のブログ
http://holynoshima.blog60.fc2.com/blog-entry-73.html
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