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暑さの名残の中で

あっ!。。。。と言う間に8月が通り過ぎて行った。
というより、駆け抜けた。

今年から試運転を始めた北軽井沢のマナハウス。
金曜日、仕事が終わると新幹線に飛び乗って週末には
サマザマなゲストを迎えては月曜日に新幹線で出勤。
途中でバテそうでお休みしたけれど、無事にマナハウスの
最初の夏が終わった。

「家」は生き物だとつくづく思う。

誰も訪れなくなって2年ほどほうって置かれた山荘は
いかにも寂しそうに、そして積み重なった記憶がピタッと
止った時計の針と共に眠っていた。

丁寧に、少しずつ少しずつ磨き始めて大切な時間ともう
手放す時間を選り分けて、そして太陽の光と風を通して
いくうちに、空間が生き始めた。

この夏、かわりばんこに訪れる人たちに褒めてもらって
少し、誇らしげでもある。

人に限らず、家もほめたら美しくなるものだ。

旅のスケッチに囲まれたスタジオで、訪れた方々との語らい
庭の木漏れ日の中で、仲間と書いた書
学生時代の仲間がそれぞれの子ども達を連れて集まった夜、
雑魚寝も楽しい夏の想い出に。
知らない人同士がいつのまにか、仲間になるのはとても
自然なことのよう。ただ、静かにそこにある自然とスペースが
きゅっと緊張したからだと心を緩めてくれるかな。

華美なものは何一つ要らない。丁寧に、お掃除をしたり
大切に育ててあげれば、家は大きな器に育っていくのでしょう。
一夏を駆け抜けて、改めてマナハウスに訪れて下さった皆様に
感謝いたします。そして、大切にしくれてありがとうございます。

これからは、落ち葉のシーズン。
焼き芋でも作りましょうかね。
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7月5日付 池澤夏樹氏の朝日新聞夕刊のコラム

今日は社会派日記。
7月5日(火)の朝日新聞の夕刊に池澤さんの「終わりと始まり」という
定期的に書かれているコラムに、我が意を得たり!ということがかかれて
いました。朝刊を開くたびに、テレビのニュースを観るたびに、そして
あちこちで、なんとも虚しい気分になることが多かった中、このコラムに
救われました。共感してくださいとは、申しませんが、多分この記事を
読んで、私と同じように救われる人も居るのではないかと思い、ここに
転載します。長文ですが、きっと、頭の整理になると思います~。


以下、朝日新聞7月5日付夕刊 池澤夏樹氏「終わりと始まり」より転載


政治というもの、原理はわかっているつもりだ。
大は国家や国際機関から小は従業員数名の会社まで、
複数の人から成る共同体では誰かが代表となって
運営の方針を決めなければならない。その方針は
参加者みんなの総意を反映することが望ましい。

しかし人が十人いれば意見は十通りある。大人数なら
必ず党派ないし派閥ができる。意見を整理して総意を
まとめるプロセスが必要になる。そのプロセスのこと
を政治と呼ぶ。

代表に圧倒的な権力があれば政治は容易だろう。
多数の支持でその座に就いたのでもいいし、暴力で
それを得たのでもいい。ともかく反対意見を力で
封じて共同体を一定の方向に進めることができる。
(例として隆盛期のナチス・ドイツを挙げておこう)。

強力な指導者がいないと、政治の場は乱戦となる。
決定的な力を持たない指導者たちがボールを奪い合う。
審判はいるのかいないのか。国家レベルの政治の場合
混迷はいよいよ深くなって、時にはゴール・ポストが
逃げたりして、行く先はなかなか見えない。

菅直人の政府が迷走しているとメディアが伝える。
彼の性格に対する攻撃もずいぶん激しい。会ったことは
ないが、ひょっとしたら友人にしたくないような人なの
かもしれない。

明らかなのは、彼には圧倒的な支持はないということだ。
最盛期の小泉政権のような安定は望むべくもない。
さまざまな力が彼を首相の座から降ろそうとしている。
ポスト小泉の小型の首相たちはみな政権を投げだしたと
いうので批判された。今、菅首相は政権にしがみついて
いると批判されている。

政治はまず力である。産業界の求めるものと環境問題に
関心のある市民の求めるものは違う。その間で何らかの
結論を出さなければならない。互いに理性的に説得し合う
のは無理だから、露骨なパワーのバトルになる。見ていて
おもしろいからメディアは詳細に伝える。

外から見ればゲームだ。
名を成す政治家の多くはゲームに強い。発言のスタイルで
大衆の人気を博するタイプもいるし(例えば小泉淳一郎や
石原慎太郎)、裏からの工作で多くの議員をまとめて強い
派閥を作る者もいる(例えば小沢一郎)。

正直に言えと、ぼくはこの種のゲームに関心がない。勝敗の
行方を追うのはおもしろいとしても、国家は個人の資質に
よって左右されるにはあまりにも大きい。王政は暗愚な王が
出た時が悲惨だから消えたのではなかったか。

首相の性格はどうでもいい。政策だけで政治を見よう。

小泉政権がしたことはぼくは評価しない。生活保護世帯の
増加などで明らかなように、日本は所得格差が広まって
住みにくい国になった。

今、菅首相は「再生可能エネルギー特別措置法案」を
通そうとしている。この問題への彼の姿勢は一貫している。
初当選した翌々年の1982年に、衆院科学技術委員会で
再生可能エネルギーの普及を訴えた。

今回も5月6日には浜岡原発の停止を中部電力に申し入れ
10日には政府のエネルギー計画を白紙とした。送電事業を
電力会社から独立させる「発送電分離」に言及し、26日の
G8サミットでは一千万戸の家にソーラー・パネルを置くと
いう構想を発表した。

ぼくはどれにも賛成する。

その上であまり勘ぐりたくないと思いながら、この「政局の
混乱」というのは要するに、電力政策の転換への抵抗が理由
なのではないかと考える。主体は産業界、経済産業省、自民党
ならびに民主党の一部であるのだろう。

これはあまりに単純化した図式だ。すべてを敵と味方に分ける
のはまるでジョージ・ブッシュの世界観だと自分でも笑って
しまう。しかし、そう見ると納得できる部分があるのも確か
だし・・・などと思いは揺れるのだ。

このゲームにはメディアも参加している。週刊誌の見出しは
創意工夫の限りを尽くして菅直人の悪口を書いている。
悪辣で狡猾な人物だと言う。

しかし、悪辣で狡猾だろうがなかろうが、それはどうでも
いいのだ。彼には失策も多々あるだろう。溜飲を下げたいの
ならペテン師とでも何でも呼ぶがいい(ただし投げた泥は
自分にも返る)。

今、菅直人には罵詈雑言に耐えて電力政策の転換の基礎を
作ってほしい。策謀が必要ならそれも使い、とんでもない
人事も実行し、ぎりぎりまで居座り、改革を一歩進めてほしい。

なぜならば、福島の惨状を見れば明らかなとおり、原発には
未来はないからだ。ドイツとスイスとイタリアに次いで、
原子力からの賢明な撤退を選ぼう。

以上、転載ここまで。

北軽MANA HOUSE 準備日記

2日の夜から北軽井沢へ。
春が始まったばかりの北軽井沢は例年に比べて木々の芽吹きも
遅いよう。でも、この一週間で日ごとに唐松林がうっすら緑が濃くなり
落ち葉を掃いた庭には小さな芽吹きがそこここに。自然界の生命力は
凄い!と改めて感じる。

今年、やっと亡父から引き継いだ北軽井沢の山荘の改装を行う目処が
ついた。簡単に地元の工務店さんに頼んでちゃっちゃかやっても良かった
のだけれど、なんだかんだと自分の中の腑に落ちるまで3年かかった。

自分自身の子どものときからの夏の想い出、父がしまい込んでいた過去の
時間、そして私が知らない新しい家族との時間。そんなものがたくさん
詰まった家の片付けにはそれだけの時間が必要だったみたい。

今回、一番私の中で負荷がかかっていた父の蔵書を一気に片付けた。
大変ありがたい事に、片付け隊の仲間が集まって下さり、途方に暮れかけた
私の背中を押しながら、効率よくサポートしてくれた。こういう作業は
一人では本当につらいもの。感謝感謝!(皆様、本当にありがとう!!)

壁二面にぎっしり詰まった本の中には、文学全集の初版ものや、父が
仕事で使い古した辞書、また父の翻訳した本の在庫等、私としては
さくさく捨てられないものばかり。でも、そうやって迷っている間に
随分と痛めてしまった。何度もごめんなさいと言いながら、古本屋さんに
送るもの、資源ゴミで捨てるものに分けた。

地元の方がちょっと顔出して下さった時に、本の山を見つけて一部は
地元の小学校へ寄付する段取りをしてくれた。少しだけ、ほっとした。
本を捨てるのは、どうもすごく抵抗がある。その割に、大切に保管
できなかったのだけれど・・・

今回の改修の設計監修をお願いするのは、私のムサ美短大時代の師で
建築家である鈴木喜一氏。旅する建築家でありスケッチブック片手に
気がつくとふらっと旅している方。私が20年も前に彼から授業を受けて
いた頃、旅の中で出会った風景の中にとけ込む家やアノニマス(無名性の)
家に「家」の本質を見つけてしまい、建築家としての在り方に疑問を持ち
ながら大切なものを大切と言い続けながら、仕事を続けている。


改修工事もいろいろと手がけていて、自然素材や手仕事をできるだけ取り
入れる。敢えて声高に「エコ」と言わずとも、結果エコフレンドリーな
家に仕上げる。そんな、先生の塩梅が私の中でとても心地よい。
まさか、自分が師匠のクライアントになるとは思わなかったけれど、快く
引き受けて下さり、この冬から少しずつ準備が始まった。
打ち合わせを重ねながら、改めて授業を受けている気分になったりして。
(宿題もちゃんと出るし)

先日の打ち合わせで、この夏には工事ができるように動く事に。
やっと、迷走していた私のココロも定まってきた。

父の想いを引き継ぐつもりでいたのだけれど、やはり私が引き継いだ訳で
自分自身の為に新しい空間にしようと思う。願わくば、それが周りの仲間や
これから出会う仲間にとってもクリエイティブな時間を過ごせる場所に
なればと。

ほとんどの荷物を運び出してがらんとした空間が、どんな風に生まれ変わるのか
わくわくしてきた

それにしても、良く働いた連休だったなあ~ ふう。

鈴木喜一建築工房のサイト↓
http://www.ayumi-g.com/ks/ks.html

映画 「祝の島」

山口県にある離島「祝島」をテーマにした映画、「祝の島」を観た。
実は、この映画の友人の監督デビュー作品。6月から公開していた
のだけれど、やっと昨日観ることができた。

28年間原発建設反対運動をしている島の人々のドキュメンタリーで
答えのなかなか出ない重いテーマ。電力の恩恵を浴びるように都会で
暮らす身としては、どこか後ろめたい気持ちになるテーマだ。そして
どうしても批判的な目線と攻撃的なメッセージになりがちなのだけれど
この映画は原発問題の奥にある根源的なテーマを、愛くるしい島の
人たちの暮らしを通して投げかけてくる。

海と山の幸に恵まれた人口500人あまりの島。島の小学校には
3人の姉弟のみ。漁業も農業も中心になる担い手は60代から70代。
50代となれば「若手」という高齢化の島。

でも、なんだかめっぽう明るい。

映画の中では笑い声が耐えず、3人の子供達もたくさんのおじい
ちゃん、おばあちゃんに囲まれて誠に健康優良児。彼らの歌声は
伸びやかで美しい。

原発問題が持ち上がる前は島が一つの大きな家族のような共同体だった
のだろう。悲しいかな、やはり原発問題はそんな共同体を二分し、
それは画面には出てこないけれど、恐らくいまでも名残があると思う。

28年間命がけで原発の建設を阻止し続ける人たちの根っこには
代々引き継いできた島の自然を壊されることへの怒りだけでなく、
島の共同体の絆を引き裂いたことへの言いようのない切なさもある。
腹から湧いてくる純粋な怒りゆえに、未だに阻止を続けられているのだ。

島の人たちの言葉一つ一つは全く飾り気もないけれど、ストレートに
人としての在り方を問いかける。それは攻撃とか批判じゃなくて
問いかけなのだ。それだけに、こちらの腹にも届く。
偽りのない感情はそのまま受け取ることができる。

ふと、思う。
この老人たち、多分あと10年したら多くの方がこの島から居なく
なってしまうだろう。そうしたら、原発は建つのかな。28年間、
しかも成長期になくても済んできたものが。(←ちょっと批判的)

そして、この映画の根っこに横たわる、人としての在り方についても
観終わってからじわじわと想いが湧いてきた。等身大に生きるというのは
どういうことかと。そこを超えようとする時に私達は自然や共同体、
そして隣の人々との絆を失っていく。これは、原発と向き合う祝島の
人々と私達は同じところに立っているということだ。同じようなことは
自分達の日々の生活の中にごろごろと横たわっている。

なんだろう、この根っこに触れたとき、改めて祝島の人々の笑顔の
美しさがどんな背景の上に在るのかを感じた。
なんだか、涙が止まらなかった。

監督始め、撮影も製作デスクも30代女子たち。
3人で2年間島に通いながら島の人たちと一緒に製作したこの映画。
島の人たちと彼女たちの信頼関係がこの映画の丸みを生み出したの
だろう。

もっと早く観て、皆さんにお知らせしたかった・・・
でも、まだ東中野で上映しています。どうぞ、スクリーンで祝の島の
人たちに出会ってきて下さい。監督に代わりお知らせします。

↓ 「祝の島」公式サイト
http://www.hourinoshima.com/
↓ 予告編
http://www.youtube.com/watch?v=fn2qN9kp204
↓ 監督のブログ
http://holynoshima.blog60.fc2.com/blog-entry-73.html

静かな期待

今日はいよいよオバマ大統領の誕生。

ブッシュ政権の8年間は世界を動かすエゴのパワーが表出した
時間だったなと思う。戦争を起こし、我々が見えないところで
巨万の富を得ながら正義を語る人たちは次にどんなビジョンを
見ているのか。

そこがとても気になるところだけれど、まずは創造的でポジティブ
な変化を望まずにはいられない。

闇は闇で追い払う事はできない。
光だけがそれを可能にする。
憎しみは憎しみで追い払う事はできない。
愛だけがそれを可能にする

by マーティン・ルーサー・キング

世界に真の平和がやってきますように。
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